不確定なベクトル量

Never put off till tomorrow what you can do today.

このブログはmaterial1220の2ndブログです。
今回も前回と同じ「不確定なベクトル量」というブログタイトルにしました。
いいタイトルが思い浮かばなかったので、変更しないことにしました。
しかし、サブタイトルは「Never put off till tomorrow what you can do today.」へと変更しています。
高専時代が「次のステージへの一歩」なら、大学時代は「今まで培ってきたものを土台とし、自己の世界観を作り上げる期間」かなと思いました。
毎日を大事にし、先延ばしにしない学生生活を送りたいと思います。

リンク
不確定なベクトル量 Where there is a will , there is a way.(前回のブログ)
編入関係の情報はこちらです。私の高専時代での思考が垣間見えます。

書評ブログ(仮)
オススメの本を紹介します。

夏休み前半

突然書きたくなったブログ記事、第2弾です。

前回は前期について振り返ったので、今回は夏休み前半について振り返ります。

 

僕は夏休みに入る前に漠然とした目標を立てていました。

8月中は数物セミナーに向けて勉強し、9月はTOEFLを見据えた英語の勉強をする。

そして、小説を20冊以上は読みたいと考えていました。

腐っても文藝部に所属しているので、最近読めなかった分を取り戻そうと思って、20冊は読みたいと考えていました。

それと、全体で30冊以上の本を読む予定です。

現在、小説9冊、新書4冊が読了で、専門書は読みかけが6冊ほどあります。

夏には今まで読んでこなかった海外の作品や、あまり読まないジャンル(本格ミステリやSFなど)を読もうと考えていたので、読んではいるんですが、そういう本は読むのにかなり時間がかかりますし、おまけに慣れない分野で疲れるので、なかなか冊数が増えません。

でも、新たな視野が身についてきている気はします。ライトミステリばっかりではダメですね。

 

それと、この夏一番のイベントは数物セミナーだと思います。

簡単に言えば数学あるいは物理に興味のある国内の大学学部生が集まって、3泊4日の勉強合宿をするって感じです。夜は誰かの発表を聞いたり、誰かと討論したり、あるいは黙々と勉強したりして、昼間はリレーセミナーと言って少人数班で一冊の本を読んでいくというゼミ形式の勉強をします。あとは特別講演というのを3回ほどやってもらいました。

これに参加して思ったのが、僕は全然勉強していないなということです。

あれほど勉強したのにリレーセミナーで発表すると自分の説明が理解できなかったり、夜ゼミでもわからないことばかりであまり話が分からなかったり、空いた時間にお話ししてもわからない分野がたくさんありましたし、もう打ちのめされた感じでした。

けどこれはいい経験でした。早い段階で危機感を感じることができたのは本当に良かったと思っています。

 

それにしても、大学1, 2年生の時点であそこまで理解しているなんて、人間やればできるんだなと思いました。

代数学の授業を受けた時も思いましたけど、できそうかできなさそうかではなく、やるかどうかですね、勉強って。やらずに諦めちゃダメなんですよね。

だって、現に工学部なのにルベーク積分やってて、測度論の話をしてて、おまけに量子情報の勉強もしている人もいるんですからね。

工学部だから理学部のみんなのようにまではできなくていいやと思わずに、やれるところまでやってみようと思いました。

 

あと、Twitterのフォロワーが増えました。もちろん数物関係者です。

彼らをがっかりさせないように、進捗を出していきたいですね。

 

数物の後は東京を旅行してきました。

初の東京、初の東日本だったので新鮮味のある観光でした。

皇居、上野公園、東大、古書店街、国立天文台といろんなところを見て回りました。

本当は浅草周辺と国立科学博物館に行く予定だったんですが、前者は時間的に断念し、後者は休刊日だったので断念せざるを得ませんでした。

本当に見て回ることが多く、東京という町が知れて面白かったです。

思っていたより面白味のないビル群でしたけど、自然や建物は独特だったので楽しく見ていました。観光するのに1日では足りないなと思いました。

僕は浜松町駅とか御茶ノ水駅を見て、なんかこの駅いいなあと思ったのは覚えています。

 

ところでみなさんはご存知でしょうか?

文京区あたりだと思いますが、旧岩崎邸庭園という財閥の邸宅があります。

中までは入っていないのですが、敷地に植えてある植物がきれいでした。

邸宅を見る前に見た皇居もよかったのですが、この邸宅もいい建物だと思いました。

なぜ財閥の邸宅が残されているのかはわかりませんが、壊すに壊せないからでしょうかとその時は思いました。

でも、帰ってから『華氏451度』を読んで、ある一文を読んでから、そういうことだったのかとわかりました。

「人間である以上、死ぬ時はかならず、後に何かを残しておくべきだ」

つまり、財閥は自分が生きていた証を残すために大きな邸宅を立てたのではないかと思いました。

なんかこんなにも早く謎が氷解すると、なんだか偶然とは思えませんね。

 

僕も、何かしらの形で、生きた形を残したいものです。